宮津藩---我が先祖。
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作成日時 : 2006/06/25 21:01
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今月始めに、墓参りに帰った。
今年の3月にも大阪まで行ったが、雪で墓参りを残念していた。
墓は丹後の宮津にある。東京からの詣は不便極まりない。
だが、たまには手を合わせないと何となく気になる。
2日間の行程、帰って来て何となく見たテレビがNHKの大河番組「功名が辻」。
飛び出してきたのが、本能寺の変で細川の「宮津城」。明智光秀が細川に援軍を期待するが、細川が応じない展開。
我が家の墓は宮津藩の代々藩主の寺「大頂寺」にあり、松平資晶(本庄家)の家臣である。
信長の命により(1578年)細川、明智が丹後に侵攻、一式氏を滅ぼし丹後を平定。以来、宮津城は京極ー永井ー阿部ー奥平ー青山家を経て、松平本庄家(1758年)7.7万石が廃藩置県まで治める。
この松平本庄家は常磐日立、遠江浜松を経て丹後宮津に来たらしく、我が家もそれに従がって転勤、墓もそれぞれの地に残っているらしい。
宮津はそもそも北前船の寄港地として栄え、縞の財布が空になると歌われ、遊郭も繁盛、物品の一大集散地出あった。
ここで徳川の世から明治維新を迎えた我が祖先の心情はいかがなものであったろうか。
武士が無用となり、兵庫西宮に出て造り酒屋を始めるが、所詮、武士の商法で失敗。
そんな経緯で、小生の出生地が西宮、本籍は京都府宮津にあると言うことになっている。
我が先祖は頑張ったものである。
武士の世から明治の近代化、まさに天下大乱、世の中の劇的な大変動に翻弄されたことであろう。
これを考えると今の世にチマチマしている自分が情けない。
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